A 相続人が,自分が相続人になったことを知った時から3か月以内(熟慮期間)に相続の放棄または限定承認をしないとき,相続を単純承認したものとみなされ,相続放棄はできなくなるのが原則です。
しかし,相続人が相続財産がないと信じたために,上記の期間を過ぎしまっても,そのように信じたことについて相当な理由がある場合には,例外的に相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常認識できるであろう時から熟慮期間がスタートするというのが最高裁判所の判例です(最高裁判所昭和59年4月27日判決)。
上記最高裁判所の判決後も下級審(家庭裁判所,高等裁判所)における多数の裁判例がありますが,中には「相続財産がないと信じた」場合に限らず,財産があることを知っていても相続放棄が認めらる場合があると判示しているものがあります。
たとえば,名古屋高等裁判所平成11年3月31日決定です。このケースでは三男が相続放棄をしましたが,三男は被相続人である父が不動産を所有していることを知っていました。しかし,父の死亡後に相続人間で次男が跡を継ぎ亡父の妻の面倒をみるという話し合いがあったこと,亡父に債務があることを聞かされていなかったことなどから,三男は自己が相続すべき遺産はないと信じて相続手続の一切を次男に任せていたところ,父の死後5年以上経過してから多額の連帯保証債務が発覚したという事案でした。裁判所は「相続人が被相続人の死亡時に,被相続人名義の遺産の存在を認識していたとしても,・・・中略・・・ 自己が相続取得すべき遺産がないと信じ,かつそのように信じたとしても無理からぬ事情がある場合には,…中略…被相続人の積極財産及び消極財産について自己のために相続の開始があったことを知らなかったものと解するのが相当である。」と判示し,熟慮期間経過後の申述であることを理由に却下した1審の家庭裁判所の審判を取り消し,さらに審理をさせるために差し戻しました。
また東京高等裁判所平成12月12日7日決定は,遺産の一部について遺産分割協議書を作成した事案において,遺産分割協議書作成から5年も経過した後になされた相続の放棄を認めました。この事案では長男と長女の2人が相続人でしたが,被相続人が特定の資産及び債務を長男に相続させる遺言を残しており,長女は長男が遺産全てを取得することを了承しました。そして遺言に記載されていない土地があったので,この土地も長男が相続する内容の遺産分割協議書を長男と長女の間で作成しました。しかし,約5年後に多額の負債があることがわかり長女は相続放棄の申述をしました。裁判所は,長女が遺言のため自らは被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じたものであるところ,遺言の内容や遺言執行者からの報告内容等に照らして長女がそのように信じたことについて相当な理由があると判示しました。