相続手続の限定承認とは?メリット・デメリットと相続放棄との違いを解説
限定承認とは、相続した財産の範囲内でだけ負債を返済する仕組みで、プラスの財産以上の借金を背負わずに済む制度のことです。一方で、手続きの複雑さや相続放棄との違いを理解していないと、かえってリスクを負う可能性もあります。この記事では、限定承認のメリット・デメリット、そして相続放棄との違いについて解説します。ご家族にとって最適な方法を選ぶためにも、ぜひ参考にしてください。
限定承認とは何か?知っておきたい基礎知識
相続が発生したとき、多くの方は「すべて相続する」か「すべて放棄する」かの2択だと考えがちです。しかし実際には、相続財産の範囲内でのみ債務を引き継ぐ「限定承認」という方法があります。限定承認とは、相続した財産の範囲内で故人の借金を返済し、万が一負債のほうが多くても、それ以上の責任を負わない相続方法のことです。相続放棄のようにすべてを手放すわけではなく、プラスの財産は残しつつ、マイナス分のリスクだけを限定できるのが特徴です。ここでは、限定承認について知っておきたい基礎知識を解説します。
限定承認とは?仕組みと重要なルール
限定承認とは、相続によって得たプラスの財産の価額を限度として、被相続人(亡くなった人)の債務を弁済することを条件に相続を承認する制度です。つまり、「プラスの財産の範囲内でのみマイナスの財産を引き継ぐ」という相続方法です。
たとえば、亡くなった父親が2,000万円の不動産を残していたものの、同時に3,000万円の借金もあったとします。通常の相続(単純承認)では、不動産2,000万円と借金3,000万円をすべて引き継ぐため、結果的に1,000万円の借金を負うことになります。しかし、限定承認を選択すれば、不動産2,000万円という相続財産の価額の範囲内でのみ借金を弁済すれば足ります。相続人自身の固有財産から追加で返済する必要はありません。
この制度には厳格なルールがあります。最も重要なのが「期限(熟慮期間)」です。相続が開始したこと(被相続人が死亡したこと)を知った日から3か月以内に、家庭裁判所へ限定承認の申述を行う必要があります。この期間を過ぎると、原則として単純承認したものとみなされます(民法921条1号)。
また、限定承認は相続人全員が共同で行わなければなりません。相続人のうち一人でも反対する者がいる場合は、限定承認を行うことはできません。さらに、限定承認の申述前に相続財産の全部または一部を処分したり、被相続人の債務を弁済したりすると、単純承認したものとみなされるおそれがあるため、注意が必要です(民法921条2号・3号)。
限定承認と相続放棄・単純承認の3つの選択肢を比較
相続には3つの選択肢があり、それぞれ異なる特徴を持っています。ご自身の状況に合った選択肢を見つけるために、比較してみましょう。
選択肢 | 特徴 | メリット | デメリット | 適したケース |
単純承認 | プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継ぐ。 | 特別な手続きは不要。家業などをそのまま継続できる。 | 借金が多いと、相続人自身の財産で返済するリスクがある。 | 財産が明らかに債務を上回る場合。家業を継続したい場合。 |
相続放棄 | 相続に関する一切の権利義務を放棄する。 | プラスの財産も受け取れない代わりに、借金も引き継がない。 | 大切な思い出の品や不動産も手放すことになる。 | 債務が明らかに財産を上回る場合。他の相続人の同意は不要。 |
限定承認 | 相続財産の範囲内でのみ債務を引き継ぐ。 | 相続人の自己財産を保護しつつ、大切な財産を残せる可能性がある。 | 手続きが最も複雑で、時間と費用がかかる。相続人全員の合意が必要。 | 財産と借金のどちらが多いか判断が困難な場合。借金があっても、先祖代々の土地や家業などどうしても残したい財産がある場合。 |
限定承認は、相続財産を調査した結果、プラスとマイナスのどちらが多いか判断が難しい場合や、借金があってもどうしても残したい財産(先祖代々の土地や家業など)がある場合に有用な選択肢です。ただし、手続きが最も複雑で時間もかかります。財産目録の作成、債権者への公告、債権申出期間の設定など、多くの法的手続きが必要となるため、専門的な知識と対応が求められます。
限定承認の3つのメリットとデメリット
限定承認には明確なメリットがある一方で、注意すべきデメリットも存在します。
【限定承認のメリット3つ】
① 相続人自身の財産を守れる
限定承認を選べば、相続した財産の範囲内でのみ借金を返済することになります。被相続人にどれほど多額の債務があっても、相続人が相続財産の価額を超えて支払義務を負うことはありません。これにより、相続人自身の生活や資産への負担を防ぐことができます。
② 大切な財産を手元に残せる可能性がある
家庭裁判所の許可を得れば、相続人が相続財産を優先的に買い取る「先買権(民法932条)」を行使できる場合があります。思い出のある自宅や事業用資産を相当の価格で取得できる可能性があります。
③ 債務の全容が不明でも安全に進められる
相続財産の全容が明らかでない場合でも、比較的安全に手続きを進められる点もメリットです。限定承認では、後から未知の債務が判明しても、相続財産の範囲を超えて弁済する義務を負いません。
【限定承認のデメリット3つ】
① 手続きが複雑で時間がかかる
デメリットとして最も大きいのは、手続きが複雑で時間がかかることです。限定承認の手続には通常6か月から1年以上かかる場合があり、その間、相続人が相続財産の管理責任を負います。財産目録の作成、官報公告(国の発行する官報で、債権者に対して請求申出を求める公告をすること)、債権者への弁済など、専門知識を要する作業が続きます。
② 費用負担が大きくなる場合がある
費用面でも注意が必要です。官報公告費用、鑑定費用、場合によっては相続財産管理人の報酬などが必要になり、数十万円から数百万円規模に及ぶ場合があります。例えば、遺産総額が500万円程度の場合、管理人報酬として20万円〜30万円程度の予納金を要する例もあります。
③ 相続人全員の同意が必須
限定承認は相続人全員の共同申述が必要であり(民法924条)、一人でも反対する相続人がいると行うことはできません。1人でも反対すれば利用できず、家族間で意見が揃わない場合は制度そのものを選択できない点が大きな制約となります。
限定承認はとても便利な制度ですが、実際に進めるには専門的な知識が必要です。相続の状況は家庭ごとに大きく異なるため、弁護士や司法書士などの専門家へ相談することで、より確実で適切な判断ができるようになります。
あなたは限定承認を選ぶべき?3つのパターン
あなたが「相続するべきか」「放棄すべきか」で迷っているなら、その中間にある選択肢、「限定承認」が当てはまる可能性があります。しかし、限定承認はメリットも大きい一方で、手続きが複雑なため、誰にでも適した制度ではありません。ここでは、限定承認を選ぶべき3つのパターンについて解説します。
1.財産と借金のどちらが多いかわからない場合
亡くなった方の財産状況が複雑で、プラスの財産(積極財産)とマイナスの財産(消極財産)のどちらが多いのか判断できないときは、「限定承認」という手続が有効です。
例えば、お父様が自営業を営んでいて、不動産や事業用資産はあるものの、取引先への未払金や銀行からの借入金の正確な額が不明な場合を考えてみてください。通帳や契約書類を調べても、将来発生する可能性のある債務(保証債務など)まで正確に把握するのは難しい場合もあるかもしれません。
こうした状況で「単純承認」をしてしまうと、後から予想外の債務が判明した場合に、相続人自身の固有財産から返済しなければなりません。一方で「相続放棄」をすると、実はプラスの財産の方が多かった場合でも、一切の財産を受け取れなくなります。
「限定承認」を選べば、相続によって取得した財産の範囲でのみ債務の弁済責任を負うことになります。したがって、後に借金が財産額を上回ると判明しても、相続人の固有の財産に影響は及びません。逆に、プラスの財産の方が多かった場合は、その残りを受け取ることができます。この仕組みは、財産状況が不確かな場合の相続において、非常に有効である方法といえます。
2.実家や土地を絶対に手放したくない場合
先祖代々受け継いできた実家や土地、思い入れのあるご家族の財産を守りたいという気持ちは、お金では測れない大切なものです。
相続放棄をすると、こうした不動産を含めたすべての相続財産を手放すことになります。しかし「限定承認」を選べば、相続によって得た財産の範囲内で債務を弁済したうえで、残った財産を受け継ぐことが可能です。
たとえ借金が残っていたとしても、実家や土地の価値によって債務をまかなえる見込みがある場合には、財産を失わずに相続を進められる可能性があります。 特に、亡くなった方が事業を営んでおり、自宅兼店舗や事業用地としての土地が含まれている場合、単純に金銭的な価値だけでは測れない価値があるかもしれません。
ただし注意が必要なのは、限定承認を行う場合、相続財産の管理と清算のための手続きが法律で定められていることです。債権者への弁済や財産の換価(必要な財産の売却)など、適正に行う必要があります。したがって、必ずしも実家や土地をそのまま残せるとは限りません。それでも、最終的に手元に残る財産が見込まれる場合には、大切な不動産を守るための選択肢として検討する価値があります。
3.家族間のトラブルを避けたい場合
相続は、場合によってはご家族の関係に大きな影響を及ぼすことがあります。特に、相続財産の中に負債が含まれている場合、その処理方法をめぐって意見が分かれ、合意形成が難しくなることも少なくありません。
例えば、ご兄弟の中に「負債があるため相続放棄を選ぶべきだ」と考える方と、「自宅不動産だけは維持したい」と考える方がいる場合、結論が容易にまとまらないことがあります。相続放棄は相続人全員が行う必要はありませんが、一部の相続人のみが放棄すると、残った相続人がより大きな負担(負債の返済義務を含む)を負う可能性が生じます。また、単純承認を選択した後に多額の負債が判明した場合、事前調査が不十分であったことへの後悔や、ご家族間での責任問題が生じるおそれもあります。
限定承認は、相続人全員の同意が必要な手続きではありますが、その分、相続人全員が「負債については相続財産の範囲内で弁済するにとどまる」という明確なルールを共有できる点に意義があります。この仕組みにより、将来的な不安や負担の見通しがそろうため、ご家族の安心につながります。
限定承認は手続きが複雑であり、家庭裁判所への申述、財産目録の作成、債権者への公告など、慎重に進めるべき手続きが多数存在します。また、限定承認を選択すべきかどうかは、ご家族の状況や価値観、相続財産・負債の内容によって大きく異なります。一人で抱え込まず、まずは専門家へ現状をお話しするところから始めてみてください。
限定承認にかかる費用と期間
限定承認は相続放棄や単純承認に比べて手続きが複雑であるため、家庭裁判所への申述、財産目録の作成、債権者への公告など、一定の費用と時間がかかります。限定承認にかかる費用と期間について、ポイントを整理しておきましょう。
手続きにかかる費用の内訳と目安
限定承認の手続きにかかる費用は、大きく分けて「裁判所に支払う費用」と「専門家への報酬」の2つがあります。まず、裁判所関連の費用から見ていきましょう。
家庭裁判所への申立てには、収入印紙800円と予納郵券(裁判所が書類を送付する際の切手代)が必要です。予納郵券の金額は裁判所ごとに異なりますが、通常3,000円から5,000円程度を見込んでおくとよいでしょう。これらは、手続きを誰が行っても共通して必要となる費用です。
限定承認では、原則として相続人全員の共同申立てにより、申立人自身が「限定承認者」として相続財産を管理・清算します。ただし、相続人が複数いて手続きが煩雑な場合や、相続人全員が対応できない場合などには、裁判所が「相続財産管理人」を選任することがあります。管理人が選任される際には、その報酬として裁判所に予納金を納める必要があります。金額は相続財産の規模などによって異なりますが、一つの目安として20万円から100万円程度になる場合が多いです。
また、専門家(弁護士や司法書士)に手続きを依頼する場合、その報酬は事務所により幅があります。一般的には、司法書士に依頼する場合で30万円から50万円程度、弁護士に依頼する場合で50万円から100万円前後が目安です。相続財産の内容が複雑であったり、債権者対応などが必要な場合には、これより高額になることもあります。
したがって、限定承認にかかる総費用は、ご自身で行う場合でも数十万円程度、専門家に依頼する場合は100万円を超えることもあります。相続放棄のように数万円で済む手続きと比較すると、費用面の負担は大きくなることを理解しておく必要があります。
申請から完了までのスケジュール
限定承認の手続きは、相続の開始を知った時から3か月以内に、家庭裁判所へ申立てを行う必要があります。この期限までに申立てを完了していなければ、単純承認とみなされるおそれがあるため注意が必要です。
申立てをしてから家庭裁判所で審査・受理されるまでは、通常1か月から2か月程度です。この間、裁判所では提出書類の確認や、必要に応じた申立人への照会、補正などが行われます。相続人が複数名いる場合や、遺産の全体像が不明確な場合には、さらに時間を要することがあります。
限定承認が認められると、相続人(または裁判所により選任された相続財産管理人)が、官報で「公告」を行います。これは、債権者に対して一定期間内に債権を申し出るよう呼びかける手続きで、公告期間は民法上2か月以上と定められています。この期間中は、弁済や財産処分などの主要な手続きを進めることはできません。
公告期間が終了した後、申出のあった債権や既知の債務に対して、相続財産の範囲内で弁済を行います。不動産などを換価(売却)する必要がある場合や、複数の債権者との調整が必要な場合は、さらに数か月から1年程度かかることもあります。
全体として、限定承認の手続きは、申立てから完了まで最短でも半年ほど、複雑なケースでは1年以上に及ぶこともあります。なお、この期間中は相続財産が処分や名義変更などに制限を受けるため、実質的に「凍結」された状態となる点にも注意が必要です。
自分で手続きするか専門家に依頼するかの判断基準
限定承認を自分で行うか、専門家に依頼するかは、費用だけでなく手続きの複雑さや時間的な余裕といった要素を総合的に考えて判断する必要があります。
ご自身で手続きを行うのが現実的なケースとしては、相続人が1人または少数で意見が一致しており、相続財産や債務の内容が比較的単純な場合です。また、申立人に十分な時間的余裕があり、裁判所への出頭や書類作成を自力で対応できることも条件となります。
ただし、限定承認では原則として相続人自身が財産の管理や債務の清算を行う立場になります。複雑な手続きや官報公告、債権者への対応が必要となるため、完全に一人で手続きを進めるのは、現実的ではありません。
一方で、専門家への依頼を検討すべきケースは多岐にわたります。相続人が複数いて意見調整が必要な場合、不動産や事業資産など評価・換価が難しい財産が含まれる場合、あるいは債権者が多数存在する場合などは、専門的な判断と実務経験が不可欠です。
また、「相続開始を知った時から3か月以内」という申立期限が迫っている場合には、専門家のサポートによって必要書類の迅速な準備や裁判所への対応を行うことが重要です。
特に注意が必要なのは、限定承認が受理された後の財産管理や債権者対応です。限定承認者は相続財産の清算を誠実に行う義務があり、管理を誤れば単純承認とみなされる可能性もあります。たとえば、相続財産を私的に使用したり、債権者への弁済を不公平に行ったりすると、結果として相続人が全債務の責任を負うおそれがあります。
費用対効果を考える上では、専門家へ依頼する際の報酬だけでなく、「手続きの誤りによって生じるリスク」と比較して検討することが重要です。相続財産の中に不動産や家業など価値の高い資産が含まれている場合、適切な手続きを行うことで守ることができる利益は、専門家に支払う報酬を大きく上回る可能性があります。
限定承認は相続手続きの中でも特に専門性の高い分野です。自分の状況を客観的に判断するためにも、まず専門家の意見を聞いてから判断するのも有効な方法といえるでしょう。
限定承認の手続きの流れ|4つのステップで解説
ここでは、限定承認の手続きを4つのステップに分けて、具体的に解説していきます。それぞれのステップで何をすべきか、どんな点に注意が必要かを見ていきましょう。
ステップ1|相続人全員の同意を得る
限定承認を行うには、相続人全員の合意が必要です。これは民法923条で定められた要件であり、一人でも反対する相続人がいれば限定承認はできません。
まず、戸籍調査をして相続人を確定させます。被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本を取得し、配偶者や子ども、場合によっては両親や兄弟姉妹まで、法定相続人を漏れなく特定しましょう。本籍地が複数の市区町村にわたる場合もあり、この調査には時間がかかることがあります。
相続人が確定したら、全員で限定承認について話し合い、手続きを進めることに合意を得ます。限定承認は単純承認や相続放棄と異なり、相続人全員が共同で申立てをするため、全員の意思統一が不可欠です。
特に、未成年者や成年被後見人が相続人にいる場合は注意が必要です。未成年者の場合は親権者が、成年被後見人の場合は成年後見人が代理人として手続きを行います。ただし、それらの代理人も相続人で利益が相反する場合には、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てる必要があります。
ステップ2|家庭裁判所への申述と必要書類
相続人全員の同意が得られたら、相続の開始を知った日から3か月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に限定承認の申述をしなければなりません。この3か月の期間は法律で定められた絶対的な期限です。準備に時間がかかる場合は、相続放棄や限定承認の期間延長の申立てを事前に検討してください。
申述に必要な主な書類は以下の通りです。
- 限定承認の申述書(申立書)
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本(除籍謄本を含む)
- 被相続人の住民票除票または戸籍の附票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 相続人全員の住民票
- 相続財産目録
限定承認の申述書には、相続人全員の氏名と被相続人との関係(配偶者、子など)を正確に記載します。限定承認の理由欄には「被相続人の債務が不明であり、相続財産の範囲内で債務を弁済するため」といった簡潔な理由を記載するのが一般的です。
相続財産目録は非常に重要で、申述時点で判明しているすべての財産を漏れなく記載しなければなりません。不動産の場合は登記簿謄本を取得して正確な情報を記入し、預貯金については金融機関名・支店名・口座番号・残高を書きます。借金などのマイナス財産についても、債権者名、借入残高、担保の有無など詳しく記載しましょう。
申述が受理されると、家庭裁判所より限定承認申述受理通知書が発行されます。この通知書は手続きの重要書類なので大切に保管してください。
ステップ3|財産調査と債権者への通知
限定承認の申述が受理されたら、次は本格的な財産調査と債権者への通知を行います。この段階では申述時に把握しきれていなかった財産や債務を詳細に調査し、債権者に限定承認を行ったことを通知することが必要です。
財産調査のチェックリストとして、以下の項目を順次確認しましょう。
- 不動産:登記簿謄本、固定資産評価証明書、権利証の確認
- 預貯金:全ての金融機関への残高証明書の請求
- 有価証券:証券会社への残高証明書の請求
- 生命保険:保険会社への契約内容の確認
- 借金・ローン:金融機関・クレジット会社への残高証明書の請求
- その他の債務:契約書や請求書等の確認
- その他の財産:貴金属、美術品、骨董品、自動車、会員権など
債権者への通知は、相続に関する重要な法的手続きの一つです。相続財産管理人や限定承認者は、把握している債権者に対して個別に通知を行い、把握していない債権者については官報で公告します。これは、国が発行する公的な新聞である官報に「債権者は申し出てください」と告知する手続きです。
公告期間は民法で「2か月以上」と定められており、この期間内に債権者は自らの債権を申し出る必要があります。なお、官報公告の手続きは専門的かつ煩雑なため、一般的には司法書士や弁護士などの専門家へ依頼して行うことが多く見られます。
公告期間中も相続財産の管理は継続され、財産の価値を損なわないよう注意しなければなりません。不動産は日常的な維持管理を行い、預貯金は安全に保管し、事業用財産がある場合は事業の継続または適切な処分を検討します。また、期間中に新たな債権者や財産が判明した場合には、その都度リストへ追加し、適切に管理していく必要があります。
ステップ4|清算手続きと最終完了
債権の申出期間が終了すると、相続財産の清算手続きに進みます。この段階では、確定した相続財産を換価処分(売却や解約を行い、現金化すること)し、債権者への弁済を行います。すべての債務を弁済した結果、財産が残った場合には、その残余財産は限定承認を行った相続人に帰属します。
清算は、民法で定められた順序に従って行う必要があります。まず相続債務および遺贈を、相続財産の価額に応じて弁済し、同じ順位にある債権者には公平に弁済しなければなりません。特定の債権者を優先して扱うことは法律上認められていません。
財産の換価処分では、不動産の売却、預貯金の解約、有価証券の売却などを適切に行います。不動産の売却は時間を要する場合が多いため、余裕を持って計画的に進めることが大切です。被相続人が事業を営んでいた場合には、事業用資産の処分や取引先への対応など、追加の手続きが必要になる場合もあります。
すべての弁済が完了した後は、家庭裁判所へ「清算結了」の報告書を提出します。報告には、弁済の内容を確認できる書類や領収書などの証拠資料を添付する必要があります。裁判所が清算結了を認めると、限定承認の手続きは正式に終了します。
限定承認は、単純承認や相続放棄と比べても手続きがより複雑です。財産調査や債権者対応、清算作業には専門的な判断が求められるため、弁護士や司法書士など専門家への相談を検討すると、手続きをスムーズかつ正確に進めることができます。
限定承認で失敗しないための注意点と対策
限定承認は「相続財産の範囲内でのみ責任を負う」という非常に有効な制度ですが、その一方で、手続きが複雑で、少しの見落としが大きな不利益につながる可能性もあります。期限の管理、財産調査の不足、債権者対応の誤りなど、気をつけるべきポイントはいくつも存在します。
ここでは、限定承認で起こりやすい失敗例とその対処法について解説します。
手続き後に借金が発覚した場合の対処法
限定承認の清算手続きが完了した後に、新たな借金や債務が見つかることも考えられます。被相続人が生前に借入れを隠していた場合や、連帯保証人になっていた場合の債務など、把握が難しい債務が後から判明するケースも少なくありません。
このような場合でも、民法第922条の規定により、相続人が自己の財産で弁済する義務は生じません。限定承認の範囲内で、相続財産から弁済できる限度においてのみ責任を負います。債権者から請求を受けたときは、限定承認を行った旨を伝え、相続財産の処理状況を説明するとスムーズに対応することができます。
新たな債務が判明した際には、冷静に対応することが重要です。まず、その債務が被相続人のものであるかを確認し、必要に応じて債権者と協議します。弁済可能な相続財産が残っていない場合は、法的に支払い義務がないことを理解しておきましょう。
なお、債権者との交渉や説明が難しい場合、または相手が限定承認の制度を理解していない場合には、弁護士や司法書士など専門家へ相談することをおすすめします。
手続きの取り消しに関する注意点
限定承認は、一度手続きが完了すると、原則として取り消すことはできません。これは、限定承認が相続人だけでなく債権者の利益にも関わる手続きであり、手続きの公平性と一貫した判断を保つためです。そのため、限定承認を選択する前に、この方法が最適かを慎重に検討する必要があります。
ただし、詐欺や強迫によって限定承認を行った場合、または重大な錯誤があった場合など、民法上の一般原則に基づき例外的に取り消しが認められる可能性があります。しかし、これらを立証するのは極めて困難であり、実際には取り消しが認められることは稀であるといえます。
また、限定承認後に相続財産を勝手に処分したり、隠したり、債務の返済をした場合には、民法第921条に基づき単純承認とみなされるおそれがあります。その結果、相続人が被相続人の債務を無限に負担することになるため、行動には十分な注意が必要です。
このような結果を避けるためにも、限定承認を検討する段階で弁護士や司法書士など専門家に相談し、手続きの内容や影響を正確に理解しておくことが重要です。一度手続きを終えた後では、選択肢が大きく制限されることを忘れないようにしましょう。
認知症の相続人がいる場合の対応方法
相続人の中に認知症などで十分な判断能力のない方がいる場合、限定承認の手続きは通常より複雑になります。限定承認は、相続人全員が共同で申述する必要があるため、判断能力が不十分な相続人がいる状態では、そのまま手続きを進めることができません。
その場合は、成年後見制度の利用が必要になります。家庭裁判所へ成年後見開始の申立てを行い、選任された後見人が本人に代わって限定承認の申述を行います。なお、限定承認の申述は重要な法律行為にあたるため、後見人は民法第859条の3に基づき、家庭裁判所の許可を得たうえで手続きを進めることが必要です。
また、成年後見人の選任には時間がかかることが多いため、相続開始を知った時から3か月以内とされる限定承認の期限(民法第915条)には特に注意が必要です。期限内に手続きが間に合わない可能性がある場合は、家庭裁判所に期間の延長を申し立てることも検討しましょう。
さらに、認知症の程度によっては、医師の診断書による判断能力の確認が求められる場合もあります。軽度であっても、契約行為を有効に行えるかどうかは、医学的・法律的な観点から慎重に判断することが重要です。
認知症の相続人がいる場合は、手続きに時間や費用がかかる傾向があります。早い段階で弁護士や司法書士に相談し、成年後見制度の利用方法や限定承認の流れを確認することをおすすめします。
手続きで失敗を避けるための重要なポイント
限定承認で失敗を防ぐためには、基本ポイントをしっかり押さえておくことが重要です。特に、相続財産と債務の全体像を正確に把握することが大きな鍵になります。
① 相続財産・債務の正確な把握
財産調査では、以下の項目を漏れなく確認します。
<確認すべき主な財産>
- 預貯金口座
- 不動産
- 有価証券
- 生命保険の支払請求権、未収金 など
<確認すべき主な債務>
- 借入金
- クレジットカードによる債務
- 連帯保証債務(特に表面化しにくい)
連帯保証債務については、生前の取引先や金融機関との関係を丁寧に確認することをおすすめします。後から発覚するケースが非常に多いからです。
② 期限管理の徹底
限定承認は、
相続開始を知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があります。
- 事情により期間の伸長が認められる場合もある
- 何もせずに期限が過ぎると「単純承認」とみなされ、相続人がすべての債務を引き継ぐことになる
期限管理は最重要ポイントの一つです。
③ 相続人間の連携・合意形成
限定承認は、相続人全員の共同申述が必要です。
- 一人でも反対する相続人がいると手続きは行えない
- 相続人が多い・遠方に住んでいる等の場合は、早めに連絡を取り合意形成を進めることが重要
④ 限定承認後の財産管理を適切に実施する
限定承認後の財産処分や債務弁済は、法律で決められた順序・方法に従って行う必要があります。
- 不動産・預貯金・有価証券などを適切に換価処分
- 債務は定められた優先順位に従って厳格に弁済
- 不適切な処分を行うと「単純承認」とみなされ、無制限に債務を負うリスクがある
慎重な判断が求められます。
⑤ 専門家の活用
限定承認は手続きが複雑で、法律的な判断が必要な場面も多いため、
弁護士や司法書士など専門家へ相談することが非常に有効です。
- 期限管理
- 財産調査
- 債権者への対応
- 清算手続きの方法
これらについて具体的なアドバイスが得られ、後日のトラブルや手続きのミスを防ぐことにつながります。
まとめ
相続財産に借金が含まれている可能性がある場合、「相続放棄」以外にもうひとつの選択肢として検討されるのが 限定承認 です。限定承認とは、「相続によって受け取った財産の範囲内でのみ債務を返済する」という制度で、プラスの財産とマイナスの財産が混在しているケースで有効に機能します。万が一、借金の方が多かったとしても、自分の固有財産から追加で支払う必要がない点が大きな特徴です。
相続放棄は「財産を一切引き継がない」制度で、借金の負担を完全に避けたい場合に有効です。ただし、プラスの財産も含めすべて放棄することになります。反対に限定承認は、「財産の範囲内で責任を負いながら、財産を残す可能性もある」柔軟な選択肢と言えます。
借金の有無が不明な場合や、財産を残したい事情がある場合には、限定承認は有力な選択肢のひとつです。ただし、手続きは専門性が高いため、早めに弁護士や司法書士へ相談し、最適な方法を検討することが重要です。
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