Q 長期間にわたり生活費の援助を受けていた場合には特別受益が認められますか?
近年、中高年の引きこもりが社会問題となっていますが、職に就いていない子供に対し、親が長年に渡り生活費を援助するという事例はかなりあります。
このような場合、生活費の援助を受けていた子に特別受益が認められるのでしょうか?もし認められるとすると、その額とは時として1000万円を超える多額なものになることもあります。
民法上、親族間には扶養の義務があります。未成年の子に対し親が扶養義務を負うことは一般に知られているところですが、法律上の扶養義務はそれだけではありません。
直系血族(親子、祖父母と孫など)及び兄弟姉妹は、互いに扶養する義務があります(民法877条)。
子が成人している場合であっても、子が扶養を要する状態にあり、親が自分の生活を相当に犠牲にすることなく扶養することができる場合には、扶養義務が認められます。
親の子に対する金銭の援助があっても、それが扶養料の支払いと見なされる場合には、特別受益にあたる贈与にはなりません。
また、子が自力で生活できるだけの収入があるのに、親が任意に子に対し生活の援助をしていたという場合でも、月数万円程度の少額の援助であれば、生計の資本としての贈与とは認められない可能性があります。
親と子の経済状況にもよるので一概には言えませんが、過去の裁判例に照らすと、月10万円を超える援助か否かが、特別受益にあたる贈与か否かを判断する要素となりそうです。
なお、特別受益にあたる贈与だと認められるとしても、黙示による持ち戻しの免除の意思表示が認定されれば、特別受益として清算されることはありません。親が援助した金銭について、将来の遺産分割に際して遺産の前渡し分として清算することを希望していなかったといえる状況だった場合に、黙示による持ち戻し免除の意思表示が認定される可能性があります。
具体的な事例
●東京家庭裁判所 平成21年1月30日審判の事例
相続人である子が、被相続人である父から、次のとおり金銭援助を受けていました。
平成4年 103万円
平成5年 105万円
平成6年 12万円
平成8年 40万円
平成9年 153万5000円
平成10年 286万円
※金額はその年の援助額の合計です。
裁判所は、遺産総額や被相続人の収入状況からすると、1ヶ月に10万円を超える送金は生計の資本としての贈与と認められるものの、これに満たないその他の送金は親族間の扶養的金銭援助にとどまり生計の資本としての贈与とは認められない判断し、その結果、裁判所は特別受益の額を以下のとおり認定しました。
平成4年 84万円
平成5年 92万円
平成8年 40万円
平成9年 153万5000円
平成10年 259万円
またこの事例では、上記の金銭援助を受けた子に関する平成11年度から15年度までの国民年金保険料、平成12年度から平成16年度までの国民健康保険料を被相続人である父が納付したのか否かが問題となりましたが、裁判所は仮に父が納付していたとしても月1万5000円程度の保険料の納付は生計の資本としての贈与とは言いがたく扶養的な金銭援助だとして、特別受益となることを否定しました。
抗告審である東京高等裁判所平成21年4月28日付決定も、東京家庭裁判所の判断を支持しています。
●札幌家庭裁判所平成26年12月15日審判の事案
被相続人である父が子の1人に対し、平成11年から平成12年の13ヶ月間、毎月21万5000円を給与名目で支払い援助しました(労働の実態なし、合計279万5000円)。また、平成19年頃から、その子は父からキャッシュカード預かって金銭を引き出すようになり、その引出合計額は約4年間で339万3000円になりました。
さらに父は平成11年以降の子の国民年金の保険料を支払い、その額は214万8180円になりました。
上記事案に対し、裁判所は、給与名目での金銭援助については、子の生活状況や被相続人の対応などから、月額10万円は扶養義務に基づく援助とみて、それを超える11万5000円(13ヶ月分で149万5000円)が特別受益になると認定しました。
またキャッシュカードの利用や、国民健康保険料の支払いについては、月額に換算すると数万円であり、子が少なくとも平成19年頃から精神的に何らかの不調があったことからすると、扶養の範囲を超えて特別受益に該当するとまではいえないと判断しました。